「なんで鍼で痛みがとれるんですか?」
患者さんにこう聞かれて、うまく答えられなかったこと、ありませんか?
なんとなく「血流が良くなって……」と濁してしまう。その気持ち、よくわかります。
この記事を読むと、鍼が腰痛をやわらげると”考えられている”しくみを、患者さんに語れる言葉で説明できるようになります。
結論
鍼が痛みをやわらげるしくみは、まだ1つに定まっていません。複数の仮説が重なり合っている段階です。ここでは主要な5つを、体のどのレベルで起きているかで整理して紹介します。
大事な前提を先に言わせてください。機序(メカニズム=しくみのこと)は、まだ完全には解明されていません。
「科学的に証明済み」ではなく、「有力な仮説がいくつもある」段階です。だからこの記事では、断定ではなく「示唆されている」「考えられている」という言い方をします。そこがこの記事の、いちばん正直な部分です。
- そもそも、痛みはどこで感じている?
- 鍼の鎮痛が起こりうる5つのレベルと、それぞれの根拠の種類を並べた図。しくみの説明は臨床効果の証明ではない点を注記。
- しくみ①:脊髄レベル——「痛みの門」を閉じる(という仮説/ゲートコントロール理論)
- しくみ②:神経化学レベル——上から痛みにブレーキ(内因性オピオイド・下行性疼痛抑制系)
- しくみ③:局所・分子レベル——刺した場所でアデノシンが出る(動物実験)
- しくみ④:脳レベル——脳の広い範囲が反応する(デフォルトモードネットワーク/fMRI)
- しくみ⑤:組織レベル——針が結合組織を巻き込む(メカノトランスダクション・得気)
- 5つを、同じ土俵に乗せないために(研究の質の話)
- 鍼の5つの作用仮説それぞれの根拠の種類と限界。理論・動物実験・ヒト脳画像・仮説モデルが混在し、確からしさは同じでないことを示す。
- 明日から使える:患者さんへの説明トーク例
- 大事な注意:「効くしくみ」と「実際に効くか」は別物です
- 「効くしくみ」を説明できることと「実際に効く」ことは別問題であることを2つの軸で示す図。
- まとめ
- 参考文献
そもそも、痛みはどこで感じている?
痛みは、刺さった場所だけで完結していません。皮膚から脊髄、脳まで、いくつもの中継地点を通って感じられます。
だから鍼のしくみも、「体のどのレベルで起きているか」で分けると整理できます。この記事では、下の5か所を順にめぐっていきます。
鍼の鎮痛が起こりうる5つのレベルと、それぞれの根拠の種類を並べた図。しくみの説明は臨床効果の証明ではない点を注記。
鍼の鎮痛メカニズム — 5つの「現場」
刺した場所から脳まで、痛みにブレーキがかかりうる5つのレベル。ただし下は「効く仕組みの候補」であり、効果そのものの証明ではありません。
- 1
脊髄レベル痛みの「門」を閉じる — ゲートコントロール理論
- 2
神経化学レベル上から痛みにブレーキ — 内因性オピオイド・下行性疼痛抑制系
- 3
局所・分子レベル刺した場所でアデノシンが出る — A1受容体
- 4
脳レベル脳の広い範囲が反応 — デフォルトモードネットワーク(fMRI)
- 5
組織レベル針が結合組織を巻き込む — メカノトランスダクション・得気
「しくみが説明できること」と「実際に効くこと」は別問題です。上は効く仕組みの候補であり、臨床効果の証明ではありません。
末梢に近いところから脳まで、①→⑤の順に進みます。「今どこを読んでいるか」を、この地図で確認しながら読み進めてくださいね。
しくみ①:脊髄レベル——「痛みの門」を閉じる(という仮説/ゲートコントロール理論)
まずは古典的な考え方から。「ゲートコントロール理論」と呼ばれるものです。
かんたんに言うと、脊髄には痛みを通す「門(ゲート)」があるという考えです。太い触覚の神経が刺激されると、その門が閉じ気味になります。すると、細い痛みの神経からの信号が通りにくくなる、というわけです。
ぶつけたところを思わずさする。あれで少しラクになるのも、同じ理屈で説明されてきました。鍼の刺激も、この門を閉じる方向に働くのでは、と考えられています。
これは1965年提唱の古い枠組みで、鍼を直接検証したものではない点だけ添えておきます(詳細は後述)。
患者さんにはこう言えばOK:「刺激で、痛みの信号が脊髄で通りにくくなると考えられているんですよ。」
エビデンスボックス① 出典と研究の詳細(深く知りたい方向け)
- 研究の種類:理論(神経生理学のモデル提唱)
- 要点:太い触覚神経の入力が、脊髄後角で痛覚の伝達を抑制しうるという枠組みを提唱。
- 限界:1965年提唱の古典理論で、その後モデルは修正・拡張されている。鍼を直接検証した研究ではなく、鍼の作用を説明する「借り物の枠組み」として引用される点に注意。
- 書誌:Melzack R, Wall PD. Pain mechanisms: a new theory. Science. 1965;150(3699):971-979. doi:10.1126/science.150.3699.971
しくみ②:神経化学レベル——上から痛みにブレーキ(内因性オピオイド・下行性疼痛抑制系)
このしくみは、「上から痛みにブレーキがかかる」とだけ覚えればOKです。正式な名前はあとで出しますね。
まず、体は自分で痛み止め成分をつくります。これを「内因性オピオイド」と言い、エンドルフィンが代表格です。鍼の刺激で、これが出るのではと考えられています。
さらに、脳から脊髄へ下りていく「痛みを抑えるルート」も関わるとされています。これが下行性疼痛抑制系(かこうせいとうつうよくせいけい)です。さっきの「上からブレーキ」が、まさにこれですね。
この分野は電気鍼・動物実験ベースの知見が多い点だけ、頭の隅に置いてください(詳細は後述)。
患者さんにはこう言えばOK:「体の中の痛み止め成分が出やすくなる、という説があるんです。」
エビデンスボックス② 出典と研究の詳細(深く知りたい方向け)
- 研究の種類:総説(主に電気鍼・動物実験ベース)
- 要点:鍼刺激が内因性オピオイド(エンドルフィン等)の放出を促し、鎮痛に関与しうるとする総説。
- 限界:知見の多くが電気鍼・動物モデル由来。著者自身の学説寄りという指摘もあり、ヒトの手技鍼の臨床効果へ直結させるのは慎重に。
- 書誌:Han JS. Acupuncture and endorphins. Neurosci Lett. 2004;361(1-3):258-261. PMID:15135942
しくみ③:局所・分子レベル——刺した場所でアデノシンが出る(動物実験)
3つ目は、もっと局所の話。「刺したその場所」で起きるとされる反応です。
鍼を刺すと、その周辺でアデノシンという物質が出るという報告があります。アデノシンは、局所で痛みを抑える働きを持つ物質です。つまり、ツボの現場で痛みにフタをするのでは——と、動物実験の段階で示唆されています。
「なぜその場所に刺すのか」を説明しうる知見として引用されます。ただしこれはマウス実験で、ヒトへの外挿は慎重に、という点だけ添えます(詳細は後述)。
患者さんにはこう言えばOK:「刺したところで、痛みを抑える物質が出るという研究もあるんですよ。」
エビデンスボックス③ 出典と研究の詳細(深く知りたい方向け)
- 研究の種類:動物実験(マウス)
- 要点:鍼刺激局所でアデノシンが放出され、A1受容体を介して局所的な抗侵害受容(鎮痛)効果が生じたと報告。
- 限界:マウスモデルの知見。ヒトの慢性腰痛での臨床鎮痛にそのまま外挿することはできない。用量・部位・条件も実験系に依存。
- 書誌:Goldman N, et al. Adenosine A1 receptors mediate local anti-nociceptive effects of acupuncture. Nat Neurosci. 2010;13(7):883-888. PMID:20512135
しくみ④:脳レベル——脳の広い範囲が反応する(デフォルトモードネットワーク/fMRI)
4つ目は、いちばん上流。脳そのものを画像で見た研究です。
fMRI(機能的MRI=脳の活動を画像でとらえる装置)を使った研究があります。それによると、鍼刺激で脳の広い範囲が反応するとされています。特に「デフォルトモードネットワーク」という、安静時に働く回路の変化が報告されました。
脳レベルで何かが起きている。そう聞くと、説得力を感じますよね。
対象は健常者・少人数で、「脳が反応する=臨床で効く」ではない点だけ添えます(詳細は後述)。
患者さんにはこう言えばOK:「鍼の刺激で、脳の働き方にも変化が出ると報告されているんです。」
エビデンスボックス④ 出典と研究の詳細(深く知りたい方向け)
- 研究の種類:ヒト脳画像研究(健常者・少人数、fMRI)
- 要点:鍼刺激により、脳のデフォルトモードネットワークおよびそれと逆相関するネットワークの活動が変化したと報告。
- 限界:健常者・少人数の研究。脳活動の変化=臨床的な鎮痛効果ではない。腰痛患者での治療効果を示したものではない点に注意。
- 書誌:Hui KKS, … Napadow V, et al. Acupuncture mobilizes the brain’s default mode and its anti-correlated network in healthy subjects. Brain Research. 2009;1287:84-103. PMID:19559684
しくみ⑤:組織レベル——針が結合組織を巻き込む(メカノトランスダクション・得気)
最後は、針そのものの動きに注目した仮説です。「メカノトランスダクション」と呼ばれます。
むずかしそうな言葉ですが、意味はシンプル。機械的な力(メカノ)を、細胞の信号に変える(トランスダクション)ことです。
鍼を刺して軽くひねると、針に結合組織が巻きつきます。その引っぱりが機械的な信号となり、周囲の細胞に伝わる、という考えです。「得気(ひびき)」の感覚とも関連づけて語られることがあります。
これは現時点では仮説モデルで、臨床効果を証明したものではない点だけ添えます(詳細は後述)。
患者さんにはこう言えばOK:「針が組織に軽く巻きついて、その刺激が体に伝わると考えられているんです。」
エビデンスボックス⑤ 出典と研究の詳細(深く知りたい方向け)
- 研究の種類:仮説モデル(組織・生体力学的検討)
- 要点:針の回旋により結合組織が針に巻きつき、機械的な信号が組織・細胞へ伝わりうるとするモデルを提示。
- 限界:あくまで仮説モデル。組織レベルの現象と、腰痛の臨床的な改善との因果は別問題として扱う必要がある。
- 書誌:Langevin HM, Churchill DL, Cipolla MJ. Mechanical signaling through connective tissue. FASEB J. 2001;15(12):2275-2282. PMID:11641255
5つを、同じ土俵に乗せないために(研究の質の話)
鍼の5つの作用仮説それぞれの根拠の種類と限界。理論・動物実験・ヒト脳画像・仮説モデルが混在し、確からしさは同じでないことを示す。
同じ「しくみ」でも、根拠の強さは違います。理論・動物実験・ヒトの脳画像・仮説モデルが混在しています。
理論
鍼そのものを直接検証したものではない
総説(動物中心)
電気鍼・動物の知見が中心
動物実験(マウス)
ヒトにそのまま外挿はできない
ヒト脳画像(少人数)
脳が反応する ≠ 臨床で痛みが減る
仮説モデル
組織の現象 ≠ 臨床的な改善
「5つの証拠」ではなく「重なり方の違う5つの仮説」です。強さの違うものを同じ土俵で語らないことが大切です。
ここまで5つ紹介しました。大事なのは、これらを「横並び」で扱わないことです。
各しくみの本文では注意を1行に軽くしてきました。その理由を、ここでまとめて整理します。
5つの仮説の「確からしさ」は同じではない
- ① ゲートコントロール:理論。鍼を直接検証したものではない
- ② 内因性オピオイド:総説(電気鍼・動物中心)。著者の学説寄りとの指摘もある
- ③ アデノシン:マウスの動物実験。ヒトの臨床効果へそのまま当てはめられない
- ④ デフォルトモードネットワーク:健常者・少人数のヒト脳画像。脳の反応=臨床鎮痛ではない
- ⑤ メカノトランスダクション:仮説モデル。組織現象と臨床改善は別問題
理論、動物実験、ヒトの脳画像、仮説モデル。研究の種類がバラバラで、確からしさの重みも違います。だから「5つの証拠がある」ではなく「5つの仮説が重なっている」と考えるのが正確です。
とくに動物実験(③)の知見を、ヒトの臨床効果へ直結させないこと。そして、どれか1つが正解というより、複数のしくみが同時に働いている可能性が高い、と考えられています。
明日から使える:患者さんへの説明トーク例
機序を聞かれたとき、どう答えるか。誇張せず、でも誠実に伝えるトーク例を2つ用意しました。
トーク例①(全体像をやさしく)
「鍼が働くしくみは、実は1つに決まっていないんです。脊髄や脳、刺した場所の反応など、いくつかのしくみが重なっていると考えられています。まだ研究が進んでいる途中なので、正直にお伝えしますね。」トーク例②(正直さを強みに)
「『これが理由です』と一言で言えたらいいんですが、そこはまだ解明の途中なんです。体の中の鎮痛物質が出るという説や、痛みの信号にブレーキがかかるという説などがあります。だからこそ、体の反応を見ながら進めていきますね。」
どちらも「重なっている」「考えられている」というトーンです。言い切らないことが、かえって信頼につながります。
大事な注意:「効くしくみ」と「実際に効くか」は別物です
「効くしくみ」を説明できることと「実際に効く」ことは別問題であることを2つの軸で示す図。
体内で何が起きるかを説明できる。ただし、しくみの説明は効果の証明ではありません。
患者さんで効果があるかは、別に臨床試験で検証する必要があります。
しくみが説明できても臨床効果の証明にはならず、しくみが未解明でも効果報告はありえます。「実際に効くか」は腰痛エビデンスの記事で扱っています。
最後に、いちばん大切なことを。「なぜ働くか(機序)」と「実際に効くか(臨床エビデンス)」は、別の話です。
しくみが説明できても、それが臨床で効く証明にはなりません。逆に、しくみが未解明でも、臨床で効果が報告されることもあります。この2つは、切り分けて語る必要があります。
臨床での効果、つまり「実際に腰痛に効くのか」については、別記事でまとめています。あわせて読むと、機序と効果の両面から患者さんに説明できるようになりますよ。
▶ 関連記事:腰痛への鍼の臨床エビデンス(有効性)
まとめ
- 鍼の機序はまだ完全解明されておらず、複数の仮説が併存している段階です
- 主要な5つ:ゲートコントロール/内因性オピオイド/アデノシン/脳(fMRI)/メカノトランスダクション
- 研究の種類(理論・動物・ヒト脳画像・仮説)はバラバラで、同列に扱わないことが大切です
- 動物実験の知見を、ヒトの臨床効果へそのまま当てはめないよう注意しましょう
- 「効くしくみ」と「実際に効くか」は別物。患者さんには「重なっている」と正直に伝えるのがおすすめです
参考文献
- Melzack R, Wall PD. Pain mechanisms: a new theory. Science. 1965;150(3699):971-979. doi:10.1126/science.150.3699.971
- Han JS. Acupuncture and endorphins. Neurosci Lett. 2004;361(1-3):258-261. PMID:15135942
- Goldman N, et al. Adenosine A1 receptors mediate local anti-nociceptive effects of acupuncture. Nat Neurosci. 2010;13(7):883-888. PMID:20512135
- Hui KKS, … Napadow V, et al. Acupuncture mobilizes the brain’s default mode and its anti-correlated network in healthy subjects. Brain Research. 2009;1287:84-103. PMID:19559684
- Langevin HM, Churchill DL, Cipolla MJ. Mechanical signaling through connective tissue. FASEB J. 2001;15(12):2275-2282. PMID:11641255
免責事項
本記事は鍼灸師向けの学術情報であり、特定の治療効果を保証するものではありません。紹介した機序はいずれも研究途上の仮説を含み、確定した結論ではありません。実際の施術判断は、各症例の状態と最新の知見にもとづいて行ってください。


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